○●阪南中央病院メールマガジン 第24号●○
2009年8月25日発行


◇目次◇

1.はじめに
2.先輩看護師の声
3.人事課からひとこと
4.編集後記


1.はじめに

思い出すなあ!ベルリン世界陸上が終わったけど、2年前の大阪世界陸上では医療班で活躍?し、貰ったユニホームをしばらくぼーっと眺めていた丁度その頃、この「メルマガ」がスタートしたっけ。

そんな感傷に浸る間もなく、今日は先月の問題正解の発表を行いたいと思います。
嬉しい事に応募はそこそこありました。
院内からはコメント付きで9件。院外からメールで2件、電話で3件の計14件ありました。
答えは(1)20代が4人、(2)30代が4人(3)40代が0(4)50代が5人、わからないという方も1人おられました。
厳正な抽選の結果「院外から電話で応募された羽曳野市のY・Kさん」に景品をお送りしました。

景品は三浦院長よりコースターとテーブルクロス(当院は長年日越医療交流センターの活動をしていて、院長にとって思い出深いベトナム製の素敵な品を今回特別に提供してくれました)
そして、石川看護部長からは郷里の徳島産すだち一級品大箱一箱を提供してくれました。
ね、言った通りでしょ。この二人期待通りでしょ。よいしょっと。
ところで(1)~(4)の中の正解なのですが、それぞれの年代の人に言い分があるようで、まずはそこから聞いて下さい。


(1)20代:ブ~ッ!残念ですが当メールマガジンの主な書き手は(1)ではありません。
ブログも更新していません…が、今はブログを使った恋活・婚活が流行っているそうなので、ちょっと気になっていたりします(笑)


(2)30代:30代のメルマガ委員、ということですが・・・私はまだ20代ですよ!!
キリがいいからって四捨五入なんて認めません、一の位はいつだって切り捨てです。
というわけで、選択肢そのものが間違いなので(2)は不正解です☆


(3)40代:あれあれ、こんな問題に勝手に引っ張り出されて失礼しちゃうわ。
40代といえど、20代とは一心同体。
で・す・が、50代のおばちゃんの話にはついて行けませんわ。
ひとしきりしゃべった後「あらやだあんたたち、何キョトンとしているの。はい、次いくで」。
すれ違い会話なんて通訳しようがないほどひどいじゃない。
通訳なんてしてませ~ん。だから(3)は間違いです。


(4)50代:私は一個も嘘はついてません。「1.はじめに」を担当しています。
今までに2回、院内の方より注意をされた事があります。(決まって看護部次長、現在は医療安全推進者のW・Yさんからでした)
「ねえ、これあんたばっかりが書いてるんじゃない?もっと色んな人に書いて貰いなさいよ」とか「ねえ、これどういうつもりで載せてるの?」
「いやあのその、何でもいい!滅茶苦茶でも何でも!はじけたいの!何でもありなの!」
「どういう目的?」
「いやあのその、看護学生さんや潜在看護師さん向けに・・」
「じゃあその目的通りにやって頂戴」
「あっはい」
面白かったなあ。嬉しかったなあ。あの機敏な反応。


(5)忘れられてた子:『うちのメルマガの主な書き手は何十代の人でしょう?』
なんかおもしろそうな企画やなぁ、編集メンバーについて書いてあるのか、フムフム。

ん?なんかおかしないか?なにがヘンなんやろーって…、ア~ッ1人足りへんやん。
し、しかも、足りへんのはこの私やないか~!
なんでじゃ~!あーそーか。もーええ。あんたらはそんなふうに考えてたんか。へー。
確かに人事課の記事は『招来猫子』さんに任せきりやけど。

…と。ふと横を見ると『招来猫子』が、いつもの自分が一番可愛く見える角度で私を見ている。
その手には乗らんぞー!…あ、でも超カワイイ。いやいや、アカン、アカン。
お、なんや?ヤワヤワの肉球でマッサージしてくれるんか?ありがとうなー、ってちゃうがな!
…うん、うん。そーか、アンタだけはわかってくれてるねんなぁ。
ほんまにアンタはえぇ子、えぇ猫やなぁ。ありがとなぁ……。
みなさま、これからも『招来猫子』をよろしく。


つまり当院メルマガの主な書き手は・・・正解は・・・(4)という事で皆様ご納得をお願いします。
皆で手分けして書いていますが、ここはひとつ年長者に花を持たせてやってください。
最後になりましたが、応募していただいた皆様ありがとうございました。
また、大阪府看護協会様「おおさか看護だより№89」に当院メルマガを紹介して下さってありがとうございました。
今後ともみなさん、よろしくお願いします。
ではでは今号は小児科主任からのメッセージです。


2.先輩看護師の声 ~育児と仕事~ (小児科外来主任看護師H.M)

私が母親になったのはほんの1年と3ヶ月前。
毎日時間が経つのも忘れるほど忙しく、もうずーっと前から母になっていた気もしてるけど、まだほんの少しだけ。
今から思えば子供を授かるまで本当に長い道のりでした。

32才夏、子宮外妊娠。34才夏、流産。
あきらめて、もう二人で生きていこうかなぁと思った36才夏、待ちに待った子供ができました。
そんな思いで子供を授かった私、育児はどんなに大変でも楽しくやっていけると思っておりました・・・そう、梨央が産まれるまでは・・・。

まだ梨央がいない時、小児科、NICUでお母さん方に育児指導をする機会が多く、「大変だけどあんまり頑張り過ぎず~ほどほどに~」なんて言いながらいろいろ指導させてもらっておりました。
でも、育児がこれ程大変だとはあの時の私は爪の先ほどもわかっていなかったとただ今、深く反省しております。ハイ。


妊娠してからは、本当に職場の皆に助けてもらって、少し力がいる仕事なんかになると、さり気なく代わってくれたり、「高齢出産やねんから無理しなや」って皮肉か愛情かわからないけど、ほんとうによく声をかけてもらいました。
入院している子供さんが状態が変わった時は大慌てで、自分のお腹の大きさを忘れ、狭い所の物を取ろうとするけど・・・・・・腹が入らん。
「無理やろ」と人に言われて気付く、なんて事も。
廊下を走ってるつもりなのにスピードが上がらん、人に抜かされて気付く、そんな事もいろいろあった妊娠時期でした。

そんなこんなで34週になって産休。
すでに赤子にブタ注意報が出ていた私は毎日せっせと家事と運動をしていたら、何故か破水してしまい、逆子であったため、34週6日で帝王切開で梨央を産みました。
早産だったのでNICUに一ヶ月ほどお世話になり退院。
退院後は家で楽しい育児の始まり~なんて夢みていたのもつかの間。
夜中はずーっと泣き続け、抱っこをしてもあやしてもミルクあげてもオムツ替えても朝までこの調子。
これが二ヵ月半続き、完全に私干からびてしまいました。

人生修行と思っているけどこんな修行はもういらんと心底思った毎日だったな。
ちなみにうちの夫は、毎日仕事が忙しく夜中帰宅の人。
育児に協力したいと思っても全く協力できない「かなんオッちゃん」なんです。


育児休暇を一年とらせて頂いて、いざ職場復帰。
初めての外来勤務に少しの不安と、多くの期待を持って出勤。
最初は仕事に慣れず、人に慣れずでちょっとバテ気味の私。
その上家に帰ってからは、言う事をきかない手強い小さい怪獣相手に、食事を食べさせて、お風呂に入れて~ミルク飲ませて~寝かしつけて~とスムーズにいく訳もなく・・・本当に一分一秒ずっと戦闘状態で、やっと梨央が寝てからは次の日の朝と夜の食事を作り、洗濯をして全てが終わるのは深夜一時か一時半くらい。

あ~細胞のつくりかえがされるゴールデンタイムに寝てみたいな・・・なんて何回思った事か。
ちなみに育児でつらい事ベスト1は「眠たいときに眠れないこと」だと私は思っております。(ランキングベスト10ぐらいまではつらつら言えます。興味ないとは思いますが・・)
おまけに私は大阪と奈良の県境に住んでおりまして、通勤に一時間くらいかかります。
だから朝は5時20分に起きて、自分の顔を暗闇ではたき、ご飯を食べさせて梨央と共に出勤の毎日。


そう、一言うの忘れてましたが、梨央は病院の保育所「こじか保育園」に入っております。
子供がいてなかった時はあまり知らなかったけど、本当にアットホームな保育園で、子供たちがみんな生き生きしてる。
時にはいろんな子にぶら下がられたり、抱きつかれたりするけど、みんな素直。
保母さんたちも良く見てくれています。
食事は和食中心でバランスよく食べさせてくれるから安心なんです。

だけど、仕事中のこじか保育園からのTEL程こわいものはない。
「こじかからの電話でーす」って言われたら「ゲッ・・不吉な予感」
「梨央ちゃんが39度の熱あります・・」受話器から保母さんの元気な声(こんな時やたらと元気な声に聞こえるんです)
あ~今日は特に忙しいのに、なかった事にして欲しい・・と何回も思うけど、仕方あるまい。
すぐ迎えに行き、小児科受診して、薬もらって~、さて今からこの梨央をどうしようと思いながら、又しらじらと保育所に連れて行き「熱は高いけど大丈夫な気するのでそのへんで寝かしておいて下さい」なんて言ってみる。
保母さん苦笑いして「いいですよ~」なんて言ってくれて、そっと寝かせてくれる。
本当にこじか様々。私が安心して仕事を続けられる理由です。

こじかがダメなら次に私が向かう先は、院内の病後児保育室に入れてもらい・・本当に助かっております。
そして職場の皆も、さり気なく「この勤務とるよ~お互い様だからネ」と言ってくれたり・・・あ~ありがたい。心から感謝です。
うちの病院はどの部署に行っても大体こんな感じでいい人達がそろっていると感じる今日この頃。


とまあ、つれづれなるままに私の「育児大変さ度」をアピールしてみましたが、みんなやってきていることでして、私だけが大変な訳ではございません。
そんな事耳にタコができる程私の母に言われておりますので、この記事を読まれた方はくれぐれも暖かく見守って下さい。

とにかく私がこんなにしてまで仕事と育児の両立をやっていこうと思えるのは、やっぱり大切な仲間がいるからです。
そんな仲間たちと時には看護を熱く語り合い(なかなかできそうでできないことでしょ?)自分たちのダメな所を指摘し合い、いい所も褒めあって(これもなかなか気持ち悪いけど楽しい)日々愚痴を言う事もあるけども、最終的にはいつも前を向かせてもらっています。

私は仕事と家庭の両方が必要。
この二つうまくバランスを取って、両方に感謝して頑張って続けていけたらなあ~なんて思っております。
きっとうちの病院なら両立させてやっていけるって、何となく自信を持っています。


3.人事課からひとこと
~和歌山県のとある駅長室の前で…日向ぼっこ~ (by招来猫子)

8月7日は立秋、暦のうえではもう秋…。
縁側でほのぼの日向ぼっこできる日も近い……って、暑すぎませんか!
そりゃそうです、まだまだ8月、夏真っ盛り。
みなさんいかがお過ごしですか?

会いに行ってきました、約2時間30分かけて私の尊敬するライバルに。
わかやま電鐵貴志川線貴志駅『スーパー駅長たま』!!
『スーパー』ですよ、ただの駅長じゃないんですよ。
ご本人はずーっと眠ったままでしたが、駅横の売店の小山さんからたま駅長の名刺をいただきました。
お休みは日曜日だけ、働きづめでお疲れだったんでしょうね、駅長室の中で、ずーっと横になって眠ったままでした。
でも、わずか8秒間くらい眼がうっすらと開いて、その時に眼と眼があった…と私は思いました…あれ?気のせい?ううん、きっとEyes to Eyes。

その横になった姿はとてもスレンダーで、お腹にたるみもなく、お鼻もピンク色。
毛並みは白地に黒と山吹色のブチ模様がくっきりでツヤツヤでした。
きっとお休みの日には、和歌山市内まで出かけてスポーツジムで鍛えてるんだろうなぁ。
眠っている足元に転がっていた駅長帽に、たま駅長の日々の苦労が滲んで見えました。

結局最後までたま駅長と言葉を交わすことはできませんでしたが、もうその姿を見ただけで「がんばろうッ」って思いました。
ありがとう、たま駅長。あなたの写真入名刺を肌身離さずに大切にします。

もしあなたがお望みであれば、『スーパー駅長の名刺』を見せてあげます。
来てね。


4.編集後記

最近、朝晩がめっきり涼しくなりましたね~。
健康の為に自転車通勤しようかな、と常々思ってるんですが、15分早く起きる事がなかなか難しくて・・・。
涼しいとお布団が気持ちよすぎますよね。
あ、でも昼間は例年並の残暑が続きそうなので皆様も体調を崩されないようにお気をつけ下さいね。


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発行日:2009年8月25日
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