診療案内

Medical guidance

腸管出血性大腸菌感染症

小児科医 ( 副院長 ) : 中田成慶

今年も腸管出血性大腸菌感染症が多発しています。今年の溶血性尿毒症症候群の発生数は33例で、そのうち30例が15歳以下であるとの統計が出ています。腸管出血性大腸菌感染症が、大流行している訳ではありませんが、日常診療の中で、稀でなく経験する疾患であり、小児においてその危険性が極めて高い疾患として、予防・啓発に力を注ぐ必要があります。

小児科症例

症例1 2007年9月 9歳 男 下痢なし、腸重積合併例(整復当日再発)

8月27日:
焼肉、生レバーを食べる。
9月1日:
強い右下腹部〜側腹部の痛みで、当院受診。排便なく、浣腸を実施したところ、血便を排出。便を培養検査に提出。エコー検査で右側腹部に「multiconcentric ring sign及びpseudo-kidney sign、盲腸・上行結腸の壁の強い肥厚」を認め、腸重積と診断、高圧浣腸にて整復したが、夜間、再び間欠的な腹痛が出現する。
9月2日:
エコー検査で同様の所見を認め、腸重積再発と診断し、再度高圧浣腸で整復。
9月3日:
症状軽減、腹部エコー検査では、上行結腸壁の肥厚を認める。
9月4日:
軽快退院。退院後、O-157(VT2+)と判明。

【 考察 】①腸重積の場合、原因疾患として腸管出血性大腸菌感染症がある。②非典型的な腸重積(この症例では、年齢・再発)には基礎疾患を考慮しなければならない。

症例2 2008年6月 3歳 男 典型的な出血性腸炎

ユッケを食べて3日後に、強い腹痛と熱、粘血下痢便で発症。エコー検査で大腸壁の肥厚が著明。腹痛の強さ、血便などの症状から、培養検査の結果が出る前から、腸管出血性大腸菌感染症が推測された。後日、培養結果で、O-157(VT1+,VT2+)が確認された。

【 考察 】①臨床症状(血便、熱、腹痛の強さ)で、腸管出血性大腸菌の推測ができる場合がある。②エコー検査で、大腸壁の著明な浮腫性肥厚が認められた場合、腸管出血性大腸菌感染症を疑う必要がある。

症例3 2008年8月 生後46時間のベビーが血便

下痢のない母親から、満期で出生。人工破膜後、1時間で出生。
生後8時間で、哺乳(母乳及びミルク)を始める。生後46時間、移行便に粘血を混じるようになる。熱なし、腹満なし。炎症反応、凝固機能を含めた血液学的検査に異常を認めず。メレナ、ミルクアレルギーを考慮し、ビタミンKの追加投与、母乳のみとし、不足の水分は輸液で補う。抗生剤、整腸剤の投与は行わず。
血便は24時間で、消失し、哺乳力良好で、検査データに異常を認めず、生後5日目で、母親と一緒に退院。退院翌日、O-157(VT2+)と判明。

【 考察 】①母親の健康管理の重要性(この症例の場合原因の食品は不明だが、分娩前のなま肉食は控える等)。②48時間以内の早期発症があり得る。③母乳の重要性の再確認、母乳の腸管保護作用への期待(ミルクアレルギーを考慮し、母乳のみの哺育とした。結果、24時間で血便は消失、検査データにも変化を認めなかった)。

以上の3症例は、幸い溶血性尿毒症症候群を発症しませんでした(3例目は経過観察中です)。1例1例が、われわれ臨床医にとしての貴重な経験となっていることを実感しています。

腸管出血性大腸菌のプロフィル 知識の整理

一般名   腸管出血性大腸菌(O-157 O-26 O-111など)

2007年の我が国の統計では0−157:62%、O-26:11%、O-111:6%
毒素 VT1及びVT2(Vero Toxin またはShigaToxin)
VTを産生する大腸菌 : VTEC(verotoxin producing E.coli)
VT1は赤痢菌の産生する滋賀毒素とほぼ同一
VT2は、滋賀毒素との相同性はアミノ酸配列で約56%
VTは、細胞膜のグリコリピド受容体であるGb3と結合し、細胞内に侵入
 →細胞の蛋白合成を阻害し、腸管壁細胞を破壊(腹痛、出血)
 →溶血(赤血球膜にもGb3は存在)、腎障害、DIC、脳浮腫
VTは程度の差こそあれ、腎や血液細胞だけでなく、Gb3を発現する全身臓器をターゲットとする可能性がある(Gb3(glicolipid globotriaosil ceramide))

届け出    1999年4月より感染症法に基づく3類感染症

→VTECに対して、診断確定当日の届け出が義務づけられた

感染経路

  • 動物(特に牛)の腸管内に常在、と畜場で食肉などが汚染される
    国内牛の保有率は、20~70%
  • 糞便に汚染された水を介して野菜、落下果物が汚染される
  • 人~人感染がある。11個~50個の少ない菌数で感染が成立する。

腸管出血性大腸菌による食中毒の特徴

潜伏期:
通常3~5日(12時間~7日)
症状:
激しい腹痛と血便が特徴 エコー検査での大腸壁の著明な肥厚

治療:全ての下痢症の治療は、十分な補液である

抗生剤:
経口薬として投与 3~5日間
小児:
ホスホマイシン、カナマイシン、ノルフロキサシン
成人:
ニューキノロン、ホスホマイシン
整腸剤

溶血性尿毒症症候群及び脳症(2008年33例中、30例が15歳以下!)

  • 有症者の6~7%に発症
  • 症状が始まってから、2週間以内に発症する
  • 致死率は1~5%

腸管出血性大腸菌感染症の歴史

1996年7月の堺市の小中学校での集団発生を経験した私たちには、O-157の記憶は生々しいものがありますが、歴史を振り返り、流行に対して、もう一度、心の備えをしておく必要があります。

1982年:
アメリカ ハンバーガーからの集団発生で、O-157が分離される
その後、北米、欧州、オーストラリアで集団発生が相次ぐ
1990年:
埼玉県浦和市 幼稚園の井戸水から集団発生、2名が死亡
1996年:
5月岡山県で集団発生、7月堺市5591名(給食や仕出し弁当)
1998年:
北海道産のイクラで、49人
2001年:
輸入牛肉の「牛タタキ」で、7都道府県で240人の集団発生

最近の流行の傾向

アメリカの情報はCDCの週報で、ほぼリアルタイムで手に入れることができます。この2〜3年では、生ほうれんそうサラダ、冷凍ピザのトッピングのペペロネ、カットレタス、冷凍ひき肉、ハンバーガーなどによる流行が報じられています。このほとんどは、チェーン組織のレストランや冷凍食品によるものです。州を超えての集団発生が毎年複数報告されています。(MMWR)
日本では、毎年3000人〜4500人の発症が報告されています。保育所や高齢者の施設、修学旅行での集団感染などの報告も後を絶ちません。今年は、2000年以降の過去8年で3番目に多い報告数があり、夏の終わりにさらに発生数が多くなる可能性があり、注意が必要です。
2008年の溶血性尿毒症症候群の発症者数は、8月14日現在で33例報告されています。この33例中、30例が15歳以下で、HUS(溶血性尿毒症症候群)の発生が子どもで多い恐れが示されています。小児科医にとしては由々しき事実です。原因が判明した中では、8例が生肉・生レバー、1例が生せんまい、1例がステーキでした。
国立感染症研究所、感染症週報の最新版では「例年の状況からは、発生のピークを迎えていると考えられ、予防対策の徹底が必要である。食品の取り扱い等の一般的な食中毒対策に加え、特に小児、高齢者や抵抗力の弱いものなどでは、肉・レバーなどはよく加熱し、生食は控えることが肝要である。また、患者・無症状病原菌保有者からの周囲の人々への感染が起こりやすい疾患なので、手洗いの励行等の二次感染予防対策の一層の徹底が重要である。」と締めくくられています。
この疾患の危険性に対する警戒心が薄らいでいる可能性はないか、再点検する必要があると感じるこのごろです。